脱サラたまごクラブ by ちわひ

40代既婚男性が今の雇用と生活水準を維持しながら、脱サラ&副業の可能性を探ります。(★完了 ☆休眠)

漫然と過ごしているとチャンスが来ない

漫然と過ごしているとチャンスが来ない

特にサラリーマンはそうじゃないかと思う。

好きなことや趣味、副業など本業とは別の部分で活動的になっていないと、サラリーマン生活以外の選択肢を広げにくくなってしまう。

サラリーマンでいちゃ悪いのか?

企業のサイズにもよるのだと思うが、大企業のサラリーマンは特にまずい、リスクが高くなる気がしている。そしてその傾向は今後ますます上がっていくと見ている。

サラリーマンでいること

メリット

メリットはいくつかある。

収入が安定するとか。

福利厚生が充実しているとか。

短期的に安心できる要素がてんこ盛りだ。

デメリット

ぐちのように聞こえるかもしれないが、これらは明確にデメリットであり、サラリーマンはこれらの不自由さを我慢して生活している。

人はこれらから開放されうるのだということを理解しなければならない。

  • 時間
  • 地理
  • 人付き合い
  • 仕事内容
労使が対等であっても依存関係に陥りやすい

本来は

 価値(労)⇔対価(使)

の等価交換であるべきだが、価値を明確に定量化できないのと企業の本質が一人ではなく集団で成果を上げることが理由で

 労働(労)<対価(使)

という関係が成り立ちやすい。

そうなると

雇用側の「対価(給料・報酬)をわたしませんよ」という脅迫は通用するが、

反対に労働者側の「労働しませんよ」という脅迫は(一人では)通用しにくい。

なぜなら完全なる労働=価値でないし、集団で成果を上げるので一人分の価値が欠損しても全体としてなんとか回るからだ。

そうなると立場が弱くなるのも当然だ。労働組合があるのもそういったところだろう。集団で動かないと企業と対等に渡り合えないのだ。

爆発的収入増は望めない

いろいろな理由で、特に日本では「公平」という名の下、報酬に差がつきにくい。

もちろん300万と500万などの差はあるが、そこに8000万などの桁違いの報酬は激レアとなるので、そこを目指すのも大変だ。それにそこまでの政治的な争いや運があることも容易に想像がつく。辛い。

リスク:企業への依存・適応最適化

日産の会長で超高収入のカルロス・ゴーンさんのようにサラリーマンで超高収入を得られる立場になると、もはやリスクはあまりないと思うが、一般のサラリーマンにとっては、企業に依存している事により、企業への適応の最適化が進む。大企業の場合は仕事内容がさらに歯車化するので、企業が現状の形を変えたら生きていけなくなる。

  • 業界が大激震して消滅
  • 会社が倒産
  • 自分の業種が不要化・陳腐化

なんだってありうる。

また、ゴーンさんにとっても、このようなリスクはなくなったとしても先に上げたデメリット(不自由さ)は相も変わらず存在している。

それは独立していても同じではないか?

と思うかもしれないが、脱サラして自力で生きる力を得た者の方が強いはずだ。

Tさんの半生

先日石垣島B&B(素泊まり民宿)を営んでいる知人のところに遊びに行った。

今日は彼のここまでの半生を紹介して、掲題を補完するサンプルとしたい。

コナミ時代

コナミの前に他の企業にいたのかは知らない。

僕がコナミで働いていた時に一緒にゲームを作った仲である。

僕がアメリカ支社でDanceDacenRevolution(Xbox360)というゲームのプロデューサーをしていた頃、日本のコナミ(六本木)でサラリーマン作曲者として在籍していた。ひょんなことから知り合って、同ゲームの楽曲を数曲お願いした。

かれは僕の5歳ぐらい年上だろうか。

独立:葉山のレコーディングスタジオ

そんなTさんが会社をやめて独立するという。2007年ごろか。

湘南(葉山)にマンションを買って、そこをレコーディング・スタジオとして運営を始めた。

コナミ在籍時、少しまとまったお金が入ったのもあって、葉山にマンションを購入した。

購入時はレコーディングスタジオなんて構想はなかったらしいのだが、一念発起して、マンションを大改造、レコーディングスタジオとして商売を始めた。音楽関係の知り合いも多かったようで、それなりに繁盛したようだ。

僕も独立後も引き続き同ゲームシリーズのために作曲をお願いした。

このレコーディングスタジオは8年ほど続いたというが、後半は業績が良くなかったらしい。

  • 大震災がおきて音楽への自粛ムードがあった
  • 音楽産業自体の変化

あたりが原因ではないかと彼は考えている。

僕も特に後者に関しては賛成だ。ネットのお陰で最も軽いデジタルコンテンツである音楽を一般消費者が購入するという行為がどんどん減っていき、音楽関係者の生きにくさが加速したのがこの頃だ。

石垣島B&B「るらりや」を開業

るらりや(Lulaliya)|石垣島・川平湾のB&Bホテル、ゲストハウス

ここからがおもしろい。

音楽系から大きく舵を切って石垣島に移住して2015年にB&Bを開業した。

葉山のマンションはレコーディングスタジオの形のまま有名な音楽家に結構いい値段で売れたので、そのお金を元手に今の物件を購入。

競売物件をネットで探し続けて決めたのだそうだ。

石垣島など離島には好きでもう10年以上も訪れていて、レコーディングスタジオが苦しくなってきてからはB&B開業も視野に入れて物件を見に行ったりもしていたそうだ。

そして現在の場所も候補として内見や立地把握もできていたが、その頃は競売物件にはなっていなかった。後に競売物件になったのを発見し、即購入した。

競売物件は格安になるがローンが組めず一括現金払いでないといけないらしいが、購入一ヶ月前にマンションが売れたので成立したらしい。

居抜きとは言え夜逃げ同然の形での受け取りだったのでそれから半年ほどは大きなものを廃棄したりと設備を整えていったそうだ。じゃらんに登録などいろいろなオンライン系の手続きも。

3年目の現在、コナミで調子が良かったときのお給料よりもいい年収だそうだ。

そして彼の生活(働き)っぷりはのんびりそのものだ。今はノーストレスだと思う。

今後

今の物件、5年間は住まない(住民票を置かない)と売れないらしいので、2020年まで続けるのは確定だそうだ。まあ10年ぐらいやるかなーと考えているそうだ。

そのあとは好きな渓流釣りでもできるところに引っ越そうかなー、だって。

その時の生きていくための商売などはまだなんにも考えていないそうだ。

ちなみに今も音楽は作りたくなることはあるそうだが、できてないらしい。

Tさんがなぜこのような軌跡を辿ったのか?

まず彼はサラリーマンとは言え、経済活動が絡むレベルで音楽に携わっていた。

その活動から、レコーディングスタジオの商売が成立すると踏んだ。

音楽という、特殊なジャンルに深く関わっていて知識を持っていたからこそ独立できた。

次に、石垣島。暖かいところが好きで離島の魅力に長年ハマっていた。

おそらく何度も行っているうちに、B&Bをやればいけるのでは・・・?という考えが芽生え、途中からはその視点を持って訪問し実際に物件を見に回ったりしていた。

そこで十分に研究をし、レコーディングスタジオの業績が落ち込んできたのとか、音楽で飯を食う限界を感じたのとか、ネットが発達してきたので顧客獲得の方法が見えてきたとか、いろいろな判断で飛び込んだのだろう。

  1. 音楽が好き&得意→コナミで作曲
  2. 音楽で独立できると判断→レコーディングスタジオ設立
  3. ネットの影響で音楽で飯を食うのが困難に→レコーディングスタジオ売却
  4. 石垣島が好き・ネットで顧客獲得可能→石垣島B&B

こう整理してみると、ネットに苦しめられ、ネットによって機会が開けたという観点もあることを気づいた。

ある意味ネットの波をうまく乗りこなしたとも言える。

これも重要だ。

これらの経験が彼に「生きていける」という自信を与えたのは想像に難くない。

もう彼は自らサラリーマンをしようとは思わないだろう。

天職が見つかっていないサラリーマンこそ

いろいろなことに手を出すべきだ。

でないと何をメインにして独立するのかわからない。

漫然と毎日を過ごしていると、サラリーマンとして最適化されてしまい、潰しが効かなくなる。発想と知識、行動力の点で。

Tさんが石垣島で成功したのか?

  • 石垣島というチャンネル(視点・行動)を持っていた
  • すきだから
  • わかってるから
  • 波に乗ったから(ネット、資金、競売など)

「正しいことを正しい時にやらないと成功しない」

これを実行するためには

  • チャンネルを持っていて
  • 好きで
  • 知識があり
  • 波に乗る

必要がある。

まずチャンネルを持つことが重要だ。

 

毎日の生活を漫然と過ごしているとチャンスは来ない。

より正確に言えば、チャンスを掴む力を得られない。