プロセスを見ない会社の話

先日成果至上主義には限界があると書いた。

 

そしてたまたまこういう記事を見つけた。

blog.tinect.jp

 

「短期的な業績だけを追い求めることにはならないですか?」

「それは短絡的ですね。目標の建て方次第だと思いますよ。長期的な目標、短期的な目標はバランスよく設定しなければダメです。」

 

これもまあわかる。

 

しかし僕も書いたように長期的な目標は評価する方もされる方もあまり気がすすまないものだ。やはりわかりやすい短期的な成果に人気が出る。

 

なぜか。

 

長期的な目標に向かって頑張っているうちに事情が変わることがあるからだ。

 

  • 事業が変わる
  • 市場が変わる
  • 体制が変わる
  • 方針が変わる
  • 見込みが変わる
  • 自分が変わる

 

長期的なチャレンジの場合、途中にマイルストーンを置いてその達成を成果としても良いが、やはりインパクトが最もあるのはそれが成就したタイミングだろう。

その時に自分はそれに関わっているのか?

 

また、こんな視点もある。

 

成果というのは達成できたかどうかだけでなく、上中下と質も評価しないといけない。

ということは事前に基準となる数値を含めて上中下の目標設定が必要だ。

  

目標設定時には存在していなかったが、期間中に新たに生み出された成果は評価基準がないがどうするのか。どんなに正確に目標を設定しても未来はどう変わるかわからない。そういうものは「目標⇔成果」の枠から外れているのでプロセスに加点するなどすべきではないか。

 

成果の出やすい業務ばかりが重宝されたりもする。

 

成果に関係ない部分が軽視されてしまう。隙間を埋める作業などがあるが、それ全部を業務&成果としてきっちり定義出来るのか?

できないだろう。

にもかかわらず会社が回っているということは、隙間や漏れが自然と埋まる社員の良心に依存している部分があると言わざるをえない。

 

また、社内全体を見回すと様々な職種の目標・成果を一元的に評価するのも難しい。

 

職位、職種の数が少なくシンプルな構成の会社なら純粋な成果競争でよかろう。

 

ほとんどの大企業はそうではないからやはりプロセスも評価すべきだ。

 

もし僕が成果だけを評価する会社にいたら、会社のことを思って出す長期的な企画よりも焼き畑のような短期的で効率的な企画を提案し実行する。

「それでは来年どうするんだ。もっと長期的視点で考えてくれよ」

と言われたって、今期の自分の評価にとって一番いいものを推すに決まっている。

そして盛大に成果を出したら転職しちゃうかも。

だって成果ってそういうことでしょ?

 

成果をどういう意味で使っているのか聞いて見たいが、成果の純粋な意味だけを持って成果しか評価しないというのであれば、それは比較的小さな会社か、そうでなければ「協調性が結果成果につながる」とか「これをやっちゃうと一時的には成果が爆発的に増えるけどその後の継続的な成果が途絶えちゃうからやめておこう」とか、そういう感じの精神的な部分、社員の良心に依存していることに目をつぶっているだけだろう。