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Lay offとFireの違い

日本のゲーム会社のアメリカ支社で17年以上働いた。

 

日本が本体とは言え、支社の仕組みはほぼアメリカの会社だ。

 

アメリカの会社で働いたこととか、

ゲームというふわふわした商材を取り扱っている(という意識)とか、

 

そういういろんな要素が影響して、おそらく日本の一般的なサラリーマンとは少し違った被雇用者感を持っている。

 

※以降、「アメリカ」と言うが、あくまでも自分の経験や周囲の見聞など、局地的な情報ベースなので、どこまで一般的な話かはわからないことを断っておく。

 

まず、アメリカはレイオフ(解雇)が普通に起こる。

 

クビ(Fire)とレイオフ(Lay off)は違う。

 

どちらもやめさせられることではあるが、

・Fireは悪いことをして懲戒解雇

・Lay offは単純な解雇。ビジネスや組織の変更によって人員を整理

という違いがある。

 

前者は完全に追い出されるイメージだが、

後者は会社が少なからず「ごめんね」と思っているので、失業手当てなどそれなりの補償がある場合が多い。

 

なので、Lay offは日本で言うリストラみたいなものだと思うが、あまりネガティブなイメージがない。

 

残りの有給を買い取ってくれたりもする。

(これはFireでも同じかも。法的に守られてる可能性があるので)

 

当然自分からやめるのも比較的ハードルが低い。

 

アメリカは社会全体として、会社を辞める・辞めさせられることが(日本よりは)頻繁に起こるので、被雇用者も想定しているフシがある。

一方、会社側もレイオフによって組織のレイアウトを比較的自由にデザインできる。

そして組織の中で被雇用者は基本的に職種を変えることは少ない。入社した時から役割は固定しがち。なので、職種を変えたいなら転職が手っ取り早い。

 

対して日本は、組織のレイアウトを変更する時、既存の人材の職種を変えてまでも新配置にフィットさせようとする傾向がある。いろいろな経験をするチャンスがあるとも言えるが、適正や好みから大きくハズレる場合は苦労する。

 

他には、

・給料日が半月毎だったり、

・有給は(日単位ではなく)時間単位で、毎給料日ごとにじわじわ復活したり、

・(ボーナスなどメリハリがない)完全年俸制だったり、

・通勤交通費など支給されず、全て年俸で賄う仕組みだったり、

・そしてそもそも雇用契約

  「会社がいつでも好きなときに(at will)理由無しでやめさせることができる」

  というようなものだったりして、

いつでも(どちら側からも)関係を断てる状況が揃っており、実際に退職やレイオフが普通に起こる環境に長くいたからだと思うが、

 僕の被雇用者感のベースはこのようになっている。

 

毎給料日ごとに労働と報酬の取引は完了しており、関係はそれ以上でもそれ以下でもない。

事象として連続性はあるが、それはいつでも(どちらからも)断ち切れるもの。

 

非常にドライだが、そうやって心理的安定を図ってきた。

その考えは今も基本は変わらない。

 

本当のところ愛着はあっても忠誠心などあまりない。

  

もちろんある程度の連続性を持って雇用する・されることを想定しての、入社面接だったり、福利厚生だったりするけど。

 

そんなわけで、現職を辞める際もそういう割とドライな意識で望んでいる。

上司は日本人だが、アメリカに住んでいるので僕がアメリカ長いとかそういうところは理解してくれてるので早い。

 

だから、有給を買い取ってくれればその分長く働くよ、と普通に思うし提案もする。

しかし有給買い取りは日本では珍しい&難しいぽい。

やはり社会の雇用の流動性が高くないこととか、待遇は平等・公平であるべきという意識の強さとかが関係しているのだろうか。

 

まあ、そんな冷めた考えを持っていると日本の会社の中では矛盾が生じる。 

そこはうまくやりくりしている。こんな本音を会社では出さないとか。

 

そして、このように立て込んでいるときに突然辞めることに関しては、そうはいっても連続性による積み重ねもあるし、人間関係もあるし、絶対にしわ寄せはみんなに行くし、当然心苦しさはある。

 

しかし、自分の人生以上に大事なものなんてないし、そこは契約に厳密にする。

サラリーマンは労働契約に則って動くしかない。管理職も一労働者なのだ。

そうしなければ関係が崩れてしまう。

 

フリーランスとか起業した人はそんな舐めた姿勢でやっていたら生きていけない、というのかもしれないけど、それは別の話。

 

僕サラリーマンですし。

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